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Dayori sono60 |
イボイモリとその仲間達 Page1 |
日本に分布する両生類の内、イモリ科(Salamandridae)は、イモリ属(Cynops)とイボイモリ属(Echinotriton)の2属です。 イモリ属は、アカハライモリ(ニホンイモリ)Cynops pyrrhogaster とシリケンイモリCynops ensicauda の2種で、シリケンイモリは奄美諸島に生息する個体群が基亜種のCynops ensicauda ensicauda、沖縄諸島に生息する個体群は沖縄亜種Cynops ensicauda popei に亜種区分されています。 イボイモリ属(Echinotriton)※は、Echinotriton andersoni の1種が南西諸島に分布しています。 |
※ |
イボイモリ属の学名は、今まではTylototritonでしたが、生態の違いなどからイボイモリ属Echinotritonとミナミイボイモリ属Tylototritonに細分されました。しかし、遺伝子的な面からの違いが少ないことからEchinotriton属を認めない考えもあります。 本解説では、生態的な特徴からイボイモリとチンハイイボイモリの属名をイボイモリ属Echinotritonとしています。 |
私は、両生有尾類(イモリやサンショウウオ)に興味を持って観察を続けていますが、特にイボイモリが大好きで、毎年、数回は南西諸島に出向いて観察を続けています。 今回の生きもの便りは、私が現在最も興味を持って調査や飼育を行っている大変興味深いイボイモリの仲間(イボイモリ属・ミナミイボイモリ属)についてについて紹介することにしましょう。 |
・イボイモリ (Echinotriton andersoni) |
・チンハイイボイモリ (Echinotriton chinhaiensis ) |
・ミナミイボイモリ (Tylototriton shanjing ) |
・ベルコッサスイボイモリ (Tylototriton verrucosus ) |
・コイチョウイボイモリ (Tylototriton kweichowensis ) |
・ターリャンイボイモリ (Tylototriton taliangensis ) |
・キメアライボイモリ (Tylototriton asperrimus asperrimus ) |
・ウェンシャンイボイモリ (Tylototriton asperrimus wenxianensis ) |
・ベトナムイボイモリ (Tylototriton vietnamensis) |
まずは日本が誇る特産種のイボイモリからです。 |
私が観察できた生息地で一番大きな個体群は、沖縄島の北部と瀬底島の個体群で、全長が20cm、頭胴長が10.0cmを超える個体も生息しています。 続いて、沖縄島中部の個体群、奄美大島の個体群の順で、徳之島の個体群が最も小型で形態的にも沖縄島の個体群とのちがいが顕著です。(沖縄島南部の個体群、渡嘉敷島の個体群、請島の個体群は未確認)。 |
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肋骨を開いた状態のイボイモリ(徳之島産) |
皮膚は乾いていて、一面が小さい顆粒状の隆起で覆われています。体色は黒褐色〜茶褐色まで個体変異がありますが、老齢個体に茶褐色の個体が多く見られます。 前後の肢の掌、総排泄孔周辺、尾の下面、疣状の突起先端部が黄褐色〜赤褐色となりますが、個体異変や地域変異があります。徳之島産の個体は黄褐色〜赤褐色の出現が顕著です。 |
生活史・生態 | |
繁殖行動はイモリ科の中でも極めて特異で、変態・上陸後はほとんど水中に入ることはなく、精子の授受も陸上で行われます。 繁殖期は1月から6月にかけてですが、最盛期は3月下旬から4月頃です。 飼育下における観察では、繁殖期に低気圧が近づき気圧が下がると、オブジェクトから出て活発に動き回り、雌雄が遭遇すると雄が雌の周りを回りながら鼻先で雌をつつくような求愛行動をとります。このような時に精ほうの授受が行われるのだろうと思われますが、観察を続けるとすぐにシェルターに隠れてしまうため、精ほうの授受の観察には至っていません。 雌は、水場近くの陸上(水位が上昇しても水没しない高さ)の苔の中やシダの根元、落ち葉や石の下などに産卵(20〜100個)します。 |
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孵化直前の幼生は降雨があるまで卵内で待機し、降雨の刺激によって孵化することが多いです。孵化した幼生は、雨水に流されたり、自力で飛び跳ねたりしながら水に入り幼生期を過ごします。 幼生は、ミジンコ、ミミズ、オタマジャクシなどを捕食しますが、共食いもします。 |
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糞の中から出てきた陸貝・ヤスデ・甲虫 |
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変態時の全長は3.0〜4.0cm程度と小さく、上陸し変態後は林床で生活し、石や大きな落ち葉の下、倒木の下や朽木の隙間など、直接雨が当たらない適度の湿り気のあるような オブジェクトの下に隠れています。 幼体から成体の食性は、ミミズ、ナメクジ、ワラジムシ、クモ、甲虫などが知られていますが、糞の中から陸貝(カタツムリ)やヤスデの殻も多く出てきます。 |
生息環境 | |
イボイモリの生息環境は、樹林地と渓流・水溜まり・用水路等、比較的自然性の高い樹林と安定した水場がユニットとして成立しているような環境です。 小規模なサトウキビ畑やバナナ畑などの耕作地が樹林地と隣接している場所などでは、耕作地に接する林縁部にも生息しています。 繁殖期以外は、水場から離れた尾根部でも見かけることがあります。 イボイモリの成体が主に隠れている場所は、集中豪雨や台風などで水場が増水しても、水没しない位置にある透水性の低い大きなオブジェクトの下です。 石の下に隠れていることが最も多いのですが、トタンやドラム缶、古タイヤ、ベニヤ板などの人工構造物の下でも多く見つかります。 倒木の下、茅やサトウキビなどが刈り取られて堆積してある下などでも見つかることはあります。 |
イボイモリの生息環境 左:徳之島 右:沖縄島 |
分布・生息状況 | |
イボイモリの分布を一覧表で示しました。 イボイモリは、南西諸島の特産種で奄美諸島と沖縄諸島にある6つの島に分布しています。 加計呂麻島や与路島にも生息しているという情報がありますが、未確認です。 |
種名 |
分布 |
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イボイモリ |
沖縄県 | ・沖縄島(沖縄市や具志川市以北の市町村、玉城村、知念村) ・瀬底島 ・渡嘉敷島 |
鹿児島県 | ・奄美大島 ・徳之島 ・請島 |
沖縄島 |
南部は、知念村や玉城村で過去に確認記録があるものの、近年においては2000年に礫死体が発見されるなど、少数が確認されているのみで、生息数は極めて少ないと思われます。私も現地調査を行いましたが確認できていません。 沖縄島に生息するイボイモリで、地域絶滅が最も危惧される個体群です。 中部の読谷村・沖縄市・具志川市以北では、確認記録が多いものの、中部では、開発などの影響で、生息環境の消失や分断・縮小などにより孤立化し、質的悪化も加わって、生息数は極めて少ないと言えます。 また恩納村の中部最大の生息地は、沖縄大学院大学設立により、生息地の消失・縮小、生息環境の質的悪化の可能性が高く、ますます地域絶滅が懸念されます。 北部では生息環境が比較的多く残存しているため、広範囲に分布しています。 |
瀬底島 |
1990年頃までは多産していましたが、近年においては、生息数は多くありません。 原因は定かではありませんが、繁殖池への侵入防止柵やバケツを用いた落とし穴型トラップの放置によって、表流水が池に入らなくなり水質が悪化したことと、成体が池に侵入できなくなり繁殖できないことが主な原因のように思います。 瀬底島の個体群は、他の生息地からの移入の可能性がある個体群です。 |
渡嘉敷島 |
1976年に生息が確認された後、1986年に林道の側溝に落ちて死んでいる個体が確認されているだけで、生息数は極めて少ないと思われます。 私も現地調査を行いましたが確認できていません。 |
徳之島 |
1970年代頃までは多産しており、現在においても比較的多く観察することができます。 しかしその様な場所は、過去に溜池や水田があった周辺の樹林地や耕作地で、水田や溜池などの水場(繁殖環境)が埋め立てられたり、サトウキビ畑などに変わったことによる生息環境の質的悪化やダム建設による生息環境の消失等により、今後急激に生息数が減少すると思われます。 |
奄美大島 |
確認記録は少ないものの、原生林や自然地形が比較的多く残存しているため、生息数は少なくないと思われます。 形態的には徳之島の個体群に近いのですが、大きさ的には徳之島の個体群より大型です。 |
請島 |
近年において生息が確認されました。 私は2005年に現地調査しましたが確認できませんでした。 好適環境が少ないため、生息数は極めて少ないと思われます。 |
レッドデータカテゴリー |
イボイモリのレッドデータカテゴリーと法適用を一覧表で示しました。 イボイモリは沖縄・鹿児島の両県で天然記念物指定され、商業取引や採集・飼育等が禁止されています(イボイモリを手に持った写真は天然記念物指定前の2001年12月に撮影したものです)。 |
種名 |
レッドデータ カテゴリー |
法適用 |
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環境省 |
水産庁 |
沖縄県 |
鹿児島県 |
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イボイモリ Echinotriton andersoni Boulenger 1893 |
絶滅危惧 II類 |
希少種 |
希少種 |
絶滅危惧 I 類 |
沖縄県指定天然記念物 鹿児島県指定天然記念物 |
文と写真:佐久間 聡(さくま さとし) |