Ikimono Dayori sono76
たかが虫・されどヤマトセンブリ
皆さんは、ヤマトセンブリ(Sialis yamatoensis Hayashi & Suda, 1995)という昆虫を知っていますか?
何それ?・・・・・昆虫?・・・・・センブリって聞いたことがあるけど、苦〜い薬になる植物じゃないの?と多くの方は、認識されていることだろうと思います。
まあ、私も西多摩自然フォーラムに入会し、東京都里山保全地域の横沢入(東京都あきる野市横沢入)で観察や調査を行うまでは、ヤマトセンブリの存在を知らなかったのですから無理はありません。
ヤマトセンブリは、日本固有種で、本州だけに分布するヘビトンボ目センブリ科の昆虫です。
成虫は、雄の前翅長が8〜11mm、雌で10〜14mm。
ヘビトンボを小さくしたような形態で、体色は黒褐色。
翅は半透明で茶色をおび、前翅の基部は色がやや濃くなっています。
成虫は4月〜5月に出現し、湿地や池畔のヨシやガマなどの草本類の茎や葉、ヤナギなどの木本類の枝葉に翅を屋根型におりたたみ静止しているところを多く観察できます。
活動時間は昼間で、花の花粉などを食べることが知られています。
卵は、水面に張り出したヤナギなどの枝葉、ヨシやガマなどの葉裏や茎に卵塊として産付けられます。
約10日で孵化した幼虫は、水中に落下し、水底で生活し小動物を捕食して成長します。
幼虫は体が扁平で、胸部に3対の脚、腹部には7対の糸状付属器(気管鰓)、尾端には1本のむち状突起があります。
終令(10令)幼虫は岸辺に上陸し、土中や朽木の中に穴を掘って蛹室を作り蛹化します。
卵塊
幼虫
ヤマトセンブリは、横沢入にとって関係深い昆虫です。
ヤマトセンブリは、かつては東京・新潟・愛知・京都・大阪で採集されていたのですが、1957年に京都で確認されて以来、しばらく記録が途絶えてしまいました。
どの既産地においても、生息環境が平地で湧水のある湿地や池であったため、開発行為や農薬などの影響を受けて生息環境の消失や質的悪化し、「絶滅したのではないか?」と考えられていました。
ところが1994年4月、西多摩自然フォーラムが横沢入で開催した観察会において、日本蜻蛉学会の須田真一さんが1頭のセンブリを捕まえました。この個体は付近の丘陵で見かけるネグロセンブリとは明らかに違う種類でした。実はこの個体は37年ぶりに再発見されたヤマトセンブリだったのです。
この再発見を基に調査研究が進み、ヤマトセンブリは新種として記載されました。
ヤマトセンブリが再発見された当時、横沢入以外に生息が確認されている産地は知られていませんでした。
そのころ横沢入には開発計画が進んでおり、西多摩自然フォーラムをはじめとする市民団体による動植物や生息・生育環境の保全運動が起こっていました。
専門家の協力と多くの市民調査員の努力によって蓄積された膨大な生物のデータと横沢入で再発見されたヤマトセンブリの存在は、開発から保全への流れを決定づけた出来事でした。
ヤマトセンブリは横沢入の環境に守られ生存し、そのことが横沢入の環境を守ったと言っても過言ではありません。
ヤマトセンブリは、現在においても全国で確認されている生息地は少なく、環境省レッドデータにおいては情報不足、東京都レッドデータ(本土部)では絶滅危惧TA類のカテゴリーに位置づいています。
横沢入においても、休耕田の浚渫等による安定した水辺環境が創出され、個体数や生息範囲が拡大傾向にありますが、ヤマトセンブリが観察できる地域は限定的で、支谷戸に見られるのは近縁で普通種のクロセンブリです。
私が所属する西多摩自然フォーラム生物部会では、ヤマトセンブリの生息状況を確認するために毎年成虫、卵嚢、幼虫調査を行っています。
ヤマトセンブリ成虫調査
横沢入が萌黄色に染まる頃、ヤマトセンブリ成虫調査が行われます。
萌黄色に染まる横沢入
調査は、水域ごとにヤマトセンブリの成虫を捕虫網などで一時捕獲し、雌雄を確認しながら、個体数を記録し、その場にリリースします。
地味〜な調査のため参加者はいつも少ないのですが、毎回新しい発見があり楽しい調査です。
成虫調査風景
成虫は、池の中のヨシやガマの葉や茎、水辺から水面に張り出したヤナギの枝葉にせいし静止していることが多いため、1本1本丁寧に探します。
気温が上がると、緩やかに飛翔しますが、すぐに近くの枝葉にとまります。
ヨシ・ガマ・ショウブに止まる成虫
成虫