Ikimono Dayori sono63
カエルツボカビ症のその後とラナウイルス
11月8日に爬虫類と両生類の臨床と病理の研究会主催(通称SCAPARA)のワークショップが開催され、麻布大学の宇根先生による「カエルツボカビその後とラナウイルス」の講演がありました。
大変異例なのですが、両生・爬虫類に重要なことなので、「生きもの便り」で報告します。
カエルツボカビ症について
カエルツボカビ症については、野外への感染状況を把握するために環境省が実施した、「カエルツボカビ症 全国調査」の結果報告とカエルツボカビ曝露実験の結果報告です。
概要は以下の通りです。
カエルツボカビ野外調査
- 全国956地点で採取された5192サンプルで検査
- 陽性個体数:96検体
- 保有率:1.9%
- 陽性種:オオサンショウウオ、ウシガエル、アマガエル、トノサマガエル、ツチガエル、ヌマガエルなど(ただし大多数はオオサンショウウオとウシガエル)
- 陽性個体が集中している特定の場所はない
- 陽性個体の生息地でカエルの減少は起きていない
- 現在までに確認されたカエルツボカビのハプロタイプは26
カエルツボカビ曝露実験
- 在来種20種178検体で実施
- 実験の結果以下に区分される
1)カエルツボカビによって死亡する種(急性・慢性)
2)健康保菌の種
3)感染するが経過とともにツボカビが消失する種
4)感受性がなく感染しない種 - 現時点において、実験下でカエルツボカビによって死亡した種はヌマガエル、コガタハナサキガエル、ヤエヤマハラブチガエルの3種
上記の結果から、野外では海外で両生類の大量死を起こしている毒性の強いカエルツボカビは蔓延していないようです。
また、検体数が少ないため、まだはっきりしたことはわからないのですが、在来種のカエル中にはカエルツボカビに感染しない種や耐性のある種があるものの、少なくともヌマガエル、コガタハナサキガエル、ヤエヤマハラブチガエルの3種は要注意といったところでしょう。
以上がSCAPARAの内容なのですが、12月11日に、某SNSで、ある学会のポスター発表の写真が掲載されました。
専門家へのE-mail取材や電話取材から「カエルの飼育水が都市下水に流れる場合は特別な処理をしなくてもよい」と言う内容でした。
SNS内では、そこに書かれていた内容を元に、「ツボカビは安全」「飼育水を消毒せずに捨てても安全」というような情報や誹謗中傷に近い内容の書き込みが錯綜し掲載されました。
SNSを利用していない私のところにも、多くの方から質問を頂き、意見を求められました。
友人の星野さんは、私の意見も踏まえてくれて、いち早くAll Aboutにおいてツボカビ「新」騒動・ツボカビは安全か?と題して記事にしてくれました。
http://allabout.co.jp/pet/reptiles/closeup/CU20081214A/
重複する部分も多いのですが、私の個人的な意見を掲載しておくことにしましょう。
私も、下水処理場における処理方法だけを考慮すると、カエル飼育水が確実に下水処理場に流れ着けばツボカビは除去できると思います。
しかし、日本は下水道の普及率が低く、その傾向は地方に顕著です。
また日本は急峻な地形のため、下水道が整備された地域においても、集中豪雨などで汚水桝に雨水が流れ込んでしまい下水が溢れてしまうことが毎年のようにあります。床下浸水をしたらこれも同じです。
下水が溢れると、下水は路面や雨水菅を通って川や池などのカエルの生息地に流れ込んでしまいます。
いくら下水処理場でツボカビが除去できても、家庭から下水処理場までの間に大きなリスクがあるのです。
雨水と汚水の排除方式には、汚水と雨水を同じ水路に集め、まとめて浄化処理して放流する合流式と汚水と雨水を別の水路で集め、雨水はそのまま、汚水は浄化処理して放流する分流式があり、現在新設される下水道はほぼ全てがこの分流方式です。
飼育水を道路に流したり、庭に設置してあるようなグレーチング蓋の付いた桝に流したら、これは下水菅に流れ込むのではなく、雨水菅に流れ込み河川へ流れて行くのです。
住んでいる地域が、下水処理地域なのかを把握することが重要ですが、排除方式や下水(汚水)系統と雨水系統の仕組みやどの桝が下水管に繋がっているのかを把握することも大変重要だと思います。
上記を背景として、私自身は、現段階においては、これまで通り両生類の飼育排水は殺菌・消毒して下水に流す方がいいと思っています。
決して「ツボカビは安全である」とか「これまでの研究内容は正しくない」とかというわけでなく、依然としてカエルツボカビ症による両生類への脅威は続いているのです。
オーストラリアでは、225種のカエルの内8種がカエルツボカビ症のよりほぼ絶滅し、20〜30種が減少していますが、ツボカビに免疫がある種も確認されているようです。
また中米では、カエルツボカビ症によるカエルの大量死がコスタリカからパナマへと進行し、パナマ運河を越えてしまったようです。
前記したように、これまでの研究から、現在までに26のカエルツボカビのハプロタイプが確認され、その中には、「在来型」と思われるツボカビが存在し、国内の野生の両生類たちは、昔から「在来型のツボカビ」とは共存していたのかもしれません。
曝露実験の結果は検体数が少ないのですが、カエルツボカビ症により死亡する種〜感受性がなく感染しない種まで様々ですが、「強毒性のツボカビ」により死亡する種があることは事実です。これは、海外の事例からも言えることです。
両生類の輸入・販売者や飼育者は、海外の強毒性のツボカビを持ち込んでしまったり、野外に出してしまう可能性が高いのですから、十分な注意が必要だと思います。
私は、これまで通り、以下の事項を実行していきたいと思っています。
- 両生類の飼育排水は殺菌・消毒して下水に流す
- 長靴や調査用具は消毒する
- 両生類の変死や大量死を確認したら、カエルツボカビ対策マニュアルに示された手順にしたがって受け入れ機関に送り検査する
ラナウイルス(Ranavirus)について
ラナウイルスの存在を始めて知ったという人がほとんどだと思いますが、この私も始めて知りました。
SCAPARAワークショップの後で麻布大学の宇根先生から資料が送られてきたので、ここで要点を紹介したいと思います。
ラナウイルス属は、両生類・爬虫類・魚類に感染するウイルスです。
ラナウイルス属は、イリドウイルス科に属するウイルスで、両生類のウイルス感染症として重要なウイルスのほとんどが、このイリドウイルス科に属しています。
イリドウイルスは、マダイやスズキ目の養殖場で度々大量死を引き起こすためニュースで取り上げられることもあるウイルスです。
日本では、2007年時点で両生類のイリドウイルス感染症(ラナウイルス感染症)は確認されていませんが、海外では1992年〜2005年の間に3400件、62000匹以上のラナウイルス感染を疑う両生類(無尾類・有尾類)の死に関する情報が寄せられています。
いつ国内で発生してもおかしくない状況(ひょっとしたらすでに発生しているかも)のようですので、飼育下やこれから始まるサンショウウオやカエルの観察時期に是非注意深く観察し適切な対応をしてください。
ラナウイルスによると思われる死亡例や症状例は以下の通りです。
1)非常に不自然な大量死(幼生〜成体)
2)死亡個体が毎日のように観察される
3)以下の症状が見られる
- カエルの症状例
・皮膚の赤み(紅斑)
・皮膚の潰瘍
・全身的皮膚出血
・四肢の壊死(指先の欠損・水かきの欠損)
・無気力
・水腫
・削痩
- アメリカにおけるトラフサンショウウオ(タイガーサラマンダー)の場合
・流行時数百〜千匹単位で死亡個体が観察される
・幼体ばかりが目立つ
・沈鬱、動きが緩慢、姿勢を保てない、浮遊
・赤斑と腫脹
・皮膚の出血と潰瘍、皮下繊と筋間の水腫
・多発性出血を伴う肝臓の腫大と蒼白
- あるサンショウウオの場合
・皮膚の潰瘍
・腹部皮膚の出血
・皮下水腫
・体腔水腫
飼育下の両生類や野外でのサンショウウオやカエルの観察時に上記ような状況が確認されたら次のように対応して下さい。
ラナウイルスはヒトには感染しません。
1)カエルツボカビ対策マニュアルに示された手順と同様に対応し、麻布大学、コア獣医師、
自治体担当部署に通報
2)可能であれば動物を回収し麻布大学へ送付
・新鮮な死亡個体や瀕死の個体は冷蔵で送付
・あまり新鮮でない死亡個体は冷凍で送付
・腐った死亡個体は全て回収ししょう焼却
3)以下の方法による拡散防止
・死亡個体の回収と焼却
・生体の移動の制限
・長靴や調査用具、飼育施設等の消毒
・消毒方法は、熱湯、アルコール、塩素系消毒薬、ヨウ素系消毒薬(イソジン等)
いつまでも野外で多くの両生類が観察できることを願って、今年最後の生きもの便りを締めくくりたいと思います。
11月18日 さくちゃんこと佐久間聡
文と写真:佐久間 聡(さくま さとし) お便りの宛先はdelias@ss.iij4u.or.jpです。